2017年1月1週号

今月の社会学 近代史V

1861年〜1868年長州テロの悲惨な行為

1867年1月睦仁親王が新天皇に即位、同年7月睦仁天皇が暗殺された。同年11月伊藤、長州テロは同郷の大室寅之祐を連れてきて天皇にすり替えた。
武家社会では、身分の卑しい者ほど倫理観が薄かった。勘違いしないで頂きたいのは、農民や商人階層を言っているのではない。長州テロリストの大半が武家の倫理観を持たない出自であったこと、これは史実を読む上で無視できない。また、幕府側の方が尊王度は高かった。
蛤御門の変〔禁門の変〕1864年7月19日
長州テロリストは御所内部に攻め入り砲撃を行った。「尊王!  尊王!」と言っていた連中である。市中を焼き、強盗、強姦、無差別殺人を繰り広げた。
姉小路公知は攘夷論から開国論に変わったため薩人に暗殺された。開国論者の佐久間象山も暗殺された。塙保己一の子次郎は国学者として幕府につかえていたが廃帝(強制されて退位した天皇)の故事を調査したとの理由で、自宅門前で長州の伊藤博文、山尾庸三に暗殺された。小栗上野介父子は岩倉、西郷の一派によって、何の理由もなく、6人の家臣と共に斬殺され、さらし首にされた。近藤勇も斬殺され、その首をさらしものにされた。
西郷は1867年江戸に500人の強盗を放って、暴力によって50万両にのぼる人民の財物を強奪した。
剛直の賢人 小栗上野介(おぐりこうずのすけ)
小栗は正しいと信ずることを直言し、いかなる不正も断固として許さなかった。この剛直な性格は、多くの敵をつくりまた多くの味方をつくった。意見が取り入られなければ、淡泊にその職を去った。大老井伊直弼に見込まれ34歳にして遣米使節の目付となり、1860年1月から9か月間かけて世界一周をした。幕府の要職を歴任した8年間に、
小栗は内政、外交、軍事、財政等の全般にわたって様々な改革を計画し断行した。
対馬事件…1861年5月、小栗は対馬を占領しようとしたロシア艦長ビリレフと折衝するため、対馬に出張し、死を決して談判にあたった。
小栗は少年のころから、その鋭鋒をあらわしていた。安積良斎の高弟に漢学を学び、剣は藤川整斎の門に入り、皆伝となった。砲術を田村主計に学び、蘭学も学んだ。少年のころから識見は時流を抜いていた。
軍艦奉行就任後、米国から軍艦を購入し、横須賀にフランス人技師を招いて、造船所と鉄工所を創設し、上州小坂村鉄鉱の採掘を計画し、日本における洋式海軍の基礎をつくった。幕府の軍制を改革し、フランス陸軍の制度を導入し、洋式陸軍の基礎もつくった。小栗は世界の大勢を察知し、実地に世界一周をしてきた。封建は時代に合わない制度であることを充分に知っていた。封建制を廃止し郡県制とすることを主張していた。また開国論者であった。天皇崇拝というものは全くなかった。小栗は難局に際しても不可能の言葉を言ったことはなく、屈せず、たゆまず、身たおるるまで努力することを実践した人である。これは、すべて日本国と国民のためであった。
小栗は米国より帰った後、江戸の自邸に、江戸最初で唯一の木造洋館を建てた。薩長軍が江戸に入った後、土方久元が占領した。1868年2月慶喜が降伏を決意した。小栗は江戸にいる必要はないと思い上州権田村に行くに当たり、彼に理財の方法を教えられ、三井財閥を興した、三野村利左衛門が小栗に千両箱を呈上し「米国に一時渡らるべし」とすすめた。小栗はそれを辞退し「好意は謝するけれども、思う所ありて、しばらく上野国に引き上げる。もしも後年、婦女子が困扼(こんやく:苦しむ)する折があったならば、その節は、何分宜しく頼む」と答えた。
そして権田村の東善寺に住んだ。洋書を読み、米国より持ち帰った機械を研究し、付近の子弟を教育し、平穏に勤勉に生活していた。

原保太郎は小栗の気迫に打たれ、一刀を失敗し、2刀でかろうじて首を切り落とした。
不世出の偉人小栗上野介は冷酷無知な薩長テロの手によって42歳(1868年)で命を絶たれた。
薩長テロは「この者朝廷に対し、反逆を企て…」と立札を立ててさらし首にした。悪策士の大音龍太郎というものが「罪状申渡しの届出」を提出した。殺人暴虐以外に能がないものでも、「維新の偉業」の「功労者」とデッチアゲされる。大音は群馬県の初代知事となり、過酷な悪政を行い、逃亡した。原は滋賀県知事となり、無能を暴露し、貴族院議員となり、赤十字常議員となり、89歳の生涯を気楽におくった。
維新の功労者といわれるものの正体は全員こんなものである。
木村銃太郎を隊長とする砲隊一小隊(二本松少年隊)
会津戦争の直前に行われた、薩長の直接の目標でなかった二本松の戦い。二本松・丹羽家10万石。
会津に向かってきた薩長連合軍に対して、旧式銃で待ち構えていた砲兵隊から一発の砲弾が撃ち込まれた。
二本松戦争の始まりである。「二本松少年隊」と呼ばれる、一人の青年武士木村銃太郎に率いられた少年ばかりの部隊である。会津・白虎隊は16歳前後の若者であったが、二本松少年隊は12〜13歳という少年たちであった。彼ら少年たちの嘆願によって「少年隊」が組織された。武家の子弟は常日頃、武士とは戦場で死するものという教育としつけを受けている。出陣に当たって少年たち全員に1両3分の軍用金が支給された。子供が見たこともない大金である。この金は討ち死にしたときに、領民の誰かが埋葬してもらう時、埋葬料として使ってもらうためである。こういう金を身にまとって出陣するのは死を覚悟した武家のたしなみである。最初の戦闘は30分ほどでケリがつく。少年たちは城下へ敗走する。城下へ入ってきた薩長軍に対して、白刃戦を挑んだのである。幼い少年たちが数十人規模で藩の正規部隊として戦った例は世界中をみて会津白虎隊と二本松少年隊だけであるといわれている。1981年に62名の少年隊が確認された。全国で約300藩あって、総動員体制で薩長軍に抵抗し、全藩玉砕壊滅したのは二本松藩ただ1藩である。二本松は「盟約を守る」という、武家の本義を貫きとおした。
木村という青年は文武両道のような男で、特に理数系に秀でていた。木村の家系が理数系に強い家系であった。
父方の曽祖父は和算の権威渡辺東岳である。江戸期日本の和算とは、計量数学としては圧倒的に世界最高水準であった。木村銃太郎は理数系能力が極めて高かったため、藩命で韮山代官所へ留学していた。
韮山代官所=江川砲兵塾
代官江川太郎左衛門英瀧は幕末四傑の一人、川路聖謨や鬼才佐久間象山、日露戦争の陸軍総司令官大山巌などに西洋砲術を教えた我が国砲兵学の祖である。
この代官所は銃砲鋳造のための反射炉まで備えており、佐幕派・倒幕派問わず各藩から留学生が集まっていた。
砲術は数学、幾何学、力学,化学、火薬学をはじめとする最先端の数学、科学知識がもとめられたのである。
会津藩と奥羽列藩の止戦工作

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◆集客・営業・広告・販促・マーケに役立つビジネスコラム 2017年1月2週号

■集客・営業・広告・販促に役立つ心理マーケティング

■『保有すると価値が生まれる』

コーネル大学経済学部で次のような実験が行なわれました。
学生を2つのグループに分けます。一方のグループには大学のロゴマークが
入っているマグカップをプレゼントします。もう一方にはプレゼントしません。
その後、2つのグループ同士でマグカップのオークションをすることにしました。

この実験の結果、次のことが分かりました。
カップを手に入れたグループは平均して5.25ドル以下では売りたがりませんでした。
カップを持っていないグループは平均して2.75ドル以上を払おうとしませんでした。

ここから何が分かるか?・・・そうですね。所有しただけでその価値が2倍に上がるということです。
これを保有効果と言います。人は自分が所有したものに高い価値を感じ、一度所有したものを手放すことに抵抗を感じるようになります。

だから愛車を下取りに出そうとした時に
「え〜!そんなに安い査定なの!!」
と感じるわけです。

身に付けていた貴金属をリサイクルショップで売ろうとすると
「え〜っ!!なんでそんなに安い査定なの!!」
と言ってしまうわけです。

あなたは次のような説明を受けたり、広告コピーを目にしたことはありませんか?
「2週間お試し下さい」「モニター募集します」「試着してみてください」「手にとってごらんください」
なぜ、こういった販促やコピーが世の中にあるのか?その理由が分かりましたよね。
一度、保有すると人はその対象に自ら価値を見出すのです。


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◆集客・営業・広告・販促・マーケに役立つビジネスコラム 2017年1月3週号

■集客・営業・広告・販促に役立つ心理マーケティング

■『人並み以上』

あなたの車の運転技術レベルはどれくらいですか?
人よりも上手いと思いますか?平均以上だと思いますか?
それとも人並み?それとも平均より劣りますか?

この実験がスウェーデンで行なわれたとき、その結果は
90%以上の人が自分の運転レベルを平均以上だと答えました。
(参照:「経済は感情で動く」マッテオ・モッテルリーニ著)

おそらく日本でもかなりの割合の人が平均以上と答えると思いますが、このことから分かること、
それは・・・人は自分の能力を平均以上だと思いがち。

仕事でも、容姿でも、何かの能力でも「人は自分の能力を平均以上」だと思いがちなのです。だから、人並み以上に能力があり努力している自分が評価されずに、たいした能力もなく努力もしていない「あいつ」が昇進したり、成功したりすると「世の中不公平だ」となりがちです。

多かれ少なかれ人は「私は人並み以上だ」と思っています。
そのため批判を受けると「あの人は私のことを分かっていない。評価が不当だ」と感じます。
褒められると「私のことをよく見ている。理解している。正当に評価している」と感じます。

あなたの会社やお店のお客様も、取引先の担当者も同じです。ほとんどの人は
「私は人並み以上です」という札を首からぶら下げて歩いています。

だから、
「素晴らしいですね!」
と相手を認めてあげるとその後のコミュニケーションがスムーズに進むことが多くなるわけです。

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◆集客・営業・広告・販促・マーケに役立つビジネスコラム 2017年1月4週号

■集客・営業・広告・販促に役立つ心理マーケティング

反応の良いキャッチコピーを書くためのコツはお手本となるコピーをマネして、自社に応用することです。今回は雑誌、新聞、サイトや書籍タイトル等で見つけたお手本となるキャッチコピーを紹介させて頂きますので、あなたの会社やお店でのコピー作りの参考として下さい。

■『驚くほど売れる○○の極意』

これは通販のDMでみつけたキャッチコピーです。
「驚くほど」「極意」もキャッチコピー向きの強い言葉です。
次の2つの例文を比べてみてください。

「TOEICの点数が伸びる英語学習」
「驚くほどTOEICの点数が伸びた!英語学習の極意」

「高く売れる中古車下取りの方法」
「驚くほど高く売れる中古車下取りの極意」

「【特集】安いリゾートツアー」
「【特集】驚くほど安いリゾートツアー!海外旅行の極意」

「体重が落ちるウォーキング」
「驚くほど体重が落ちた!ウォーキングの極意」

たった2つの言葉「驚くほど」「極意」を付加するだけで、コピーの印象が
大きく変わることが分かると思います。

通販雑誌や通販DMは文字でセールスを行っているので、キャッチコピー作成に
役立つよいお手本コピーが満載です。