2017年3月1週号

今月の社会学 近代史X

歴史から消された先駆者の偉業

薩長政府は幕府の要人を抹殺し、徳川幕府が築きあげたものを、自分たちの功績と宣伝してきた。
小栗上野介の偉業はすでに記したが、永井尚志(なおゆき)〔初代外国奉行〕は小栗に先んじて、国防に取り組み、長崎に製鉄所を建設し、造船所に発展し、後の三菱の基盤となった。
西洋解剖学を最初に翻訳した日本人 前野良沢と杉田玄白の「解体新書」と言われているが、実はこれより92年前の1682年に長崎のオランダ語通訳 本木良意(りょうい)が最初に翻訳した人である。その孫 本木良永はピタゴラス、コペルニクス、ガリレオ等を学び日本に初めてコペルニクスの地動説を紹介した天文学者であった。良永の子 本木庄左衛門は英語とフランス語を極め、日本最初の英和辞典と仏和辞典を編纂した学者であった。庄左衛門の孫 本木昌造は幕末にロシア使節が長崎へ来航すると、彼らから洋式造船技術を体得し、近代機械の製造技術、航海術をも体得し、造船所の技術者を育てた。また、活版印刷業の創始者でもある。
本木活字に倣って新たな活字技術を生み出した秀英舎、これは徳川家の幕臣として、彰義隊の隊士となって最後まで長州政府に抵抗した佐久間貞一を中心に創業した会社である。後の大日本印刷。
本木の弟子の平野富治は築地活版所を創設した。これにより、東京の下町には印刷所とメッキ工場が林立した。平野はその後、隅田川河口の石川島で、造船所を育てあげた。後の石川島播磨重工業の基礎を築いた。
森山栄之助(長崎の通訳者)、1843年に24歳で長崎から浦賀奉行所に派遣され、それから3年後にアメリカ東インド艦隊が浦賀に初来航し(ペリー来航の7年前)アメリカの通商要求を拒否した。
ペリー再来航した時は幕府代表の通訳として、日米和親条約を締結した。鎖国を解いた第一人者。
長州政府を嫌って、そこに仕えようとしなかった。
栗本丹州は日本に棲息する魚介虫類の研究と図説書の先駆者。天才博物学者の南方熊楠の約100年前の人である。ドイツ人のシーボルトが注目した人物である。
栗本鋤雲(じょうん)は、小栗上野介と組んで横須賀製鉄所を創立し、日本の近代的造船業の礎を築いた。小栗が薩長軍によって斬殺されると栗本鋤雲は「小栗様を殺すような愚かな政府に仕えることはできない」と生涯にわたって明治政府を拒否し続けた。
芸術においても江戸時代はすばらしいものがあった。小栗上野介と栗本鋤雲が製鉄所建設のためフランス技術者と親交を深めていたため、ナポレオン三世から誘いを受け、1867年4月1日から11月3日までパリで開かれた万国博覧会に初めて参加した。そこに出品したものは、浮世絵、象牙細工、磁器等でヨーロッパの人々を驚かすほどすばらしいものであった。浮世絵は絵師を活かす彫り師と刷り師が一体となってできるものである。
ご覧のように徳川幕府に仕えていた賢人たちの功績はすばらしいものばかりである。しかし、長州明治政府は幕府の要人を抹殺し、徳川幕府をののしり、幕府が築いたものを横取りし、文明開化をしたのは自分たちの功績であるかのように国民にウソを言い続けてきた。
明治=近代化というのは大きな間違いである。明治に入る15年前にペリーが来航し、安政5ヶ国条約(1858年、アメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランス)を締結し、欧米文明を導入した。造船、機械化、語学、藩政改革、洋式溶鉱炉、株式会社制度、西洋医学等は幕府の賢人たちによって近代化の基礎が築かれていた。

幕府の外交と明治以降の外交
安政条約は適法合理の条約で、反幕派の非難は無知無能の暴露である。この条約の批准書交換のために米国に派遣された小栗上野介たちの使節は、全米国民から「品格知慮修養は、いずれの国、いずれの代に比するも遜色なし」 フォスター著(米国の対東外交)と嘆賞させている。
小栗上野介は対馬を占領しようとしたロシア艦長ビリレフと談判して、対馬からロシアを追い払った。
松平石見守はロシアに行く途中欧州各地で買った外国製の地図が北緯50度を国境としていた。松平は巧妙かつ強硬に主張し、イグナチーフを屈服させ、樺太境界をロシア側が48度説を主張するに対し50度説を主張し、それを貫徹した。日露両国から境界委員を現地に派遣し、実地立会いの上取り決めることを約束した。しかし、日本国内では薩長公卿ら攘夷論者の陰謀により、紛糾が絶えず、幕府はロシアとの約束を実行することができなかった。
ロシアは樺太に堡塁を築き、樺太をロシア領であることを主張した。幕府は50度を強硬に主張し、これまで通り両国の共有ということになった。
小笠原が日本領となったのは1675年   薩長政府は明治8(1875)年に日本領になったとしている水野筑後守は小笠原開拓の命を受けると、関係国公使と交渉し、現地に渡り英米移民に日本領であることを伝え、日本の法令に従うことを命じた。島を去るものに対しては、土地家屋を時価で買い上げることを定めた。英米人は幕府を信頼し、日本の法律に従うことを承諾した。
徳川幕府の要人は、各国公使に接し、日本の威厳と利益を持ち、外国公使から侮辱を受けたことがない。しかし、薩長明治政府は国際法を無視し、拙劣幼稚な外交を行い日本にとって不利益な条約を結び、イギリス公使パークスに軽蔑され翻弄された。
薩長明治政府は樺太を放棄する
ロシアに樺太を譲り、その代償としてロシア領内に日本兵の通過することを考えた結果、樺太をロシアに譲ることをロシア公使に承諾した。明治7(1874)年、日本政府は樺太を放棄し、千島と交換する悪方策を決定した。1875年樺太千島交換条約を締結した。明治政府の拙劣な外交の結果、多年にわたる幕府の努力は泡沫と化し、日本のこうむった損失は甚大であった。
幕末から150年経ても薩長(自民党)の偏向教育
明治維新によって、欧米列強の植民地化が防げた、近代化ができた。私が受けた教育と今も全く変わっていない。薩長政府は自身の罪悪の隠ぺいのために功労者を捏造し、行跡を歪曲して伝承させてきた。
薩長が作ったウソだらけの歴史がまかり通っている日本、こんな国は世界中を見まわして日本だけです。政府と御用学者は徳川時代の偉業や功績を抹殺し、日本国と国民に対して不利益と不幸をもたらしているだけである。自民党の教育方針は国民から思考力や表現力を奪い、あきめくらにして自分たちに従順な国民にしていくことが最大の目的である。=愚民政策
どこの政党を支持しようと自由であるが、表面だけを見るのではなく、核心を見ないとだめである。
官僚たちはそれなりの大学を出ているにも関わらず、「建前だけ日本を良くしたい」実際の行動は真逆のことをしている。国民を苦しめる悪法を数えきれないほど作っている。
徳川時代の政府要人たちは国家・国民の利益を願い平成の今よりよっぽど考慮した政治を行っていた、例えるならば横綱(徳川)と序の口(自民党・官僚)の違いである。
日本人はウソの歴史から脱却すべきである。真実の幕末からの歴史を学ぶことで民主主義国にするこができ、基本的人権が守られる国になる。
次月へ続く

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◆集客・営業・広告・販促・マーケに役立つビジネスコラム 2017年3月2週号

■集客・営業・広告・販促に役立つ心理マーケティング

■『でも、しかし、ていうか』

鈴木さんはお客様、友だち、奥さんと話をしていてつい口に出そうになって、
止める言葉があります。それは「でも・・・」です。

たとえば
「田中さん、こうしたら良いのではないですか?」
でも、それは前例がないですから。」

「今年はこんなことやると面白いんじゃない?」
でも、そんな時間がないよ。」

友人たちは多くの場合、あなたの為に意見、助言、アドバイスをしてくれています。
それに対して「でも・・・」と言うと、相手は否定されたように感じます。

松下幸之助氏は相手が部下であろうが誰であろうが熱心に丁寧に最後まで話を聞いたと言われています。おそらく氏ほどの知識と経験があったなら大半の話は既に知っていることであったと思います。しかも、かなり忙しい身。だから、「そんなこと分かっているよ」「早く結論をいいなさい」と言いたいこともあったと思いますが、「いい考えだ」「いい意見だ」「面白い」と相槌をうったりしながら真剣に聞いていたそうです。・・・だから、多くの有益な情報が集まる、わけです。

反対に自分にとって大事な情報、アイデア、企画話が二度と来ないようにするには周りの人に対して常に次のことを口にすればいいのです。「でも・・・」「しかし・・・」「っていうか・・・」

多くの場合、周りの人は良かれと思って意見、助言、アドバイスをしてくれています。そしてその中には仕事や人生を大きく変えるものも少なからず含まれています。


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◆集客・営業・広告・販促・マーケに役立つビジネスコラム 2017年3月3週号

■集客・営業・広告・販促に役立つ心理マーケティング

■『なぜならば』

最近はスマホの自撮りをする人が多いので、見知らぬ人に写真を撮ってもらう機会が減っているかもしれません。

田中さんはできるだけ「写真を撮ってもらえますか?」と見知らぬ人に声を掛けるようにしています。どう言って声掛けをすると気持ちよく、依頼を承諾してもらえるかを実験しているのです。

実験の結果、単に「写真を撮ってもらえますか?」と言うよりもっと相手が好意的に写真を撮ってくれる方法を発見しました。それは・・・理由を加えること。

例えば次のように理由を付けます。
「埼玉から来たのですが記念にしたいので、写真を撮ってもらえますか?」

もちろん単に「写真撮ってもらえますか?」と言っただけでも撮ってもらえることが多いのですが、
理由を付けて依頼をすると
「じゃあ、後ろの海も入れましょうか?」
「あのタワーも入ったほうがいいですよね?」
と積極的に協力してくれる人が増えます。

心理学の実験でも証明されているのですが、人は単に依頼されるより、なんらかの理由がある依頼の方を承諾しやすくなるのです。ということは仕事でも
「・・・・(理由)なので、お勧めです」
「こちらの商品をお勧めします。その理由は・・・」
という交渉パターンが効果的だということになります。人は理由が欲しい生き物なのです。

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◆集客・営業・広告・販促・マーケに役立つビジネスコラム 2017年3月4週号

■集客・営業・広告・販促に役立つ心理マーケティング

反応の良いキャッチコピーを書くためのコツはお手本となるコピーをマネして、自社に応用することです。今回は雑誌、新聞、サイトや書籍タイトル等で見つけたお手本となるキャッチコピーを紹介させて頂きますので、あなたの会社やお店でのコピー作りの参考として下さい。

■『もっと若い時に読んでいれば・・そう思わずにはいられませんでした。 』

これはあるベストセラー本の推薦文に書かれていたコピーです。
内容には一言も触れていないけれど、その本を読みたくさせる上手いコピーです。

さて、あなたならどんな応用ができるでしょうか?
「もっと若い時から始めていれば・・そう思う人が多いのです。」
といった応用なら投資や資格取得の講座のパンフレットコピーに使えます。

「もっと若い時から飲んでいれば・・そう思わずにはいられませんでした。」
といった応用なら健康食品の広告コピーに使えます。

「もっと若い時に来ていれば・・そう思わずにはいられませんでした。」
といった応用なら旅行パンフレットの広告コピーに使えます。

「もっと若い時から使っていれば・・そう思わずにはいられませんでした。」
といった応用なら化粧品の広告コピーに使えます。

もしかしたらあなたの商品やサービスを利用したお客様の中で、上記のような感想を 持っている人がいるかもしれません。その方の写真と一緒にこれらのコピーが掲載できればさらに説得力のある広告原稿となります。