2017年12月1週号

今月の近代史14

北海道開拓
榎本武揚は徳川家臣団を蝦夷に移して北方警備と開墾に従事させたいと、開拓の許可を薩長に嘆願した。これを薩長が拒否したため、ならば己の手で道を開こうと、土方と共に出航し蝦夷に向かった。これが史実である。薩長によってウソの歴史を教え込まれてしまった。
1868年12月5日、自由な国を創らんとして五稜郭を本陣とする蝦夷共和国の新政権が樹立され、日本で初めて投票という民主的な選挙で榎本武揚が総裁に選ばれた。1869年4月9日に薩長軍が江差に上陸し,1ヶ月の戦いで榎本武揚が薩長に降伏した。

黒田清隆(薩摩藩)が長官となり長期間実権(明治4~15)をにぎった。巨額の政府予算で開拓使は工場等を次々に設立した。財閥に土地をタダ同然で払下げ、税金を免除した。黒田は役人に薩摩藩出身者を重用し、払下げ相手も同様であった。
これらの悪事が明治14年7月26日に「東京横浜毎日新聞」によって報道された。関西貿易商会(五代友厚、中野梧一、田中市兵衛)に開拓使事業と船舶等がタダ同然で払下げられた。
一方、市民が倉庫を払下げてほしいと願い出たら、開拓使は100名にもおよぶ市民を逮捕して弾圧した。
その後、岩村通俊(土佐藩 吉田茂の叔父)が就任。「貧乏人は来るな、金持ちよ来い」という金持優遇策を続けた。
政府所有の炭山と鉄道を薩摩出身の官吏 村田堤の北有社(北海道炭砿鉄道の前身)に払下げた。その後、炭砿鉄道の社長になったのは薩摩の堀基がなった。永山武四郎(薩摩)北海道長官は堀の部下だった。
金子堅太郎(福岡出身 太政官書記官)…「囚人を酷使して道路建設を行わせ、死なせれば監獄経費を節約できる」と言った。そして、網走刑務所ができた。

北海道はもともとアイヌ(人間を意味する)民族が生活していた所であった。1400年代に倭人が蝦夷へ行くようになり、傍弱無人な振る舞いがアイヌにとって見過ごせないものとなり、自分たちの生活を守るため衝突した。1457年に武田信広がアイヌの指導者コシャマインを殺して松前半島を領土とした。1796年に高田屋嘉兵衛が函館を開拓した。
商人たちはあくどい手口でアイヌ人をだまし続けたために、たびたび争いが起きた。
農地開墾は幕末の東北敗残兵を主体とした武士によって始められた。移住した農民、漁民が労を惜しまず開拓したことが大きい。囚人として送られた中には政治犯が数多くいた。そして彼らも開拓に貢献した。
建設会社と鉄道のはじまり
日本で最初に鉄道が走ったのは、明治に入る3年前の1865年に長崎の大浦海岸であった。グラバーが中国に輸出するため上海博覧会に出品された蒸気機関車を日本に運んだものである。外国人技術者の指導を受けて日本の鉄道が発達した。1872年に新橋~横浜が開業した。
鉄道や工場の建設を請負ったのが現在の大手ゼネコンであった。
竹中工務店…江戸幕府が開かれてすぐ名古屋で創業された。400年の歴史がある。
鹿島建設…幕末に創立された。1873年に王子製紙の王子工場を渋沢栄一から請負い、その後1880年から井上勝の勧めで鉄道を請負うようになった。
大成建設…1880年に大倉喜八郎、渋沢栄一、藤田伝三郎が日本土木会社を設立し、1881年に山陽鉄道が設立され、その工事を日本土木会社が請負った。後に大成建設となった。
清水建設…幕末に創立され1880年に設立され渋沢が役員として入り、駅の建設を請負った。
大林組…大林芳五郎は、昔の東京中央停車場を請負った。
間組…間猛馬は鉄道局を退職して門司に間組を設立し、九州鉄道の数々の鉄道建設を請負った。
福井県から熊谷組、前田建設、飛島建設の3社が設立された。 鉄道は1880年(明治13)まで国民からの血税で造られた国有鉄道だった。1877年の西南戦争で政府が財政難に陥って、華族や財閥等の出資によって1882年民間の日本鉄道会社が設立され、国有地を無償で払下げ、固定資産税を免税し、あらゆる面で保護した。
〔参考〕小岩井農場…鉄道業界に君臨した小野義真、三菱の岩崎弥之助、鉄道局長の井上勝の頭文字をとった農場である。
私鉄国有化法(1906年,明治39)…私鉄を国有化する法律が公布された。1906年満鉄設立。
私鉄国有化という高値買上げによって莫大な金が財閥の懐に入った。その金が満鉄株に流れた。
満州侵略
満鉄の実態…「表向きは鉄道経営を装い、実質は百般の施設を実行する。そのため鉄道経営と統治機関は全く別ものであるように仮装しなければならない」と満州を植民地として支配する策謀が明記されていた。
満鉄調査部…統制経済を調査し官僚がすべてを主導する全体主義の産業政策を立案した。
調査部はエリートが多かったとされているが、実態は国際情勢の実態等あらゆる面で良識がなく我田引水、国粋主義者で世界観を持てない知性水準の低い集団であった。
満蒙開拓団…1836年の天保の大飢饉で農民の倹約と協力を義とした二宮金次郎の思いを薩長政府によって都合よくすり替えられた。金次郎と農業が天皇制と結びつけられるようになった。凶作被害が深刻で大半の農家が食べられなくなった。「満州の別天地へ行けば、好きなだけ土地がもらえる」というふれこみで募集した。張作霖爆殺事件の首謀者の東宮鉄男が日本から満州へ武装した農民を送り込んで、日本に抵抗する現地住民を鎮圧し、またロシアに対する防衛を行わせた。そして東北等の農民が選ばれ農業訓練と射撃訓練を受けて平頂山事件(1932年9月)の翌月に満州へ送られた。移民たちは平頂山事件はまるで知らなかった。天皇崇拝・加藤完治が農業移民推進の中心となっていた。皇国精神を植え付けられたが、これは現地では全く役に立たなかった。貧困が悪用され、出発前に優越思想をたたきこまれた。
現地ではほとんど開拓をしなかった。移民たちの生活は極寒の地であるにも関わらず、宿舎は暖房も無く、食事は炊事の訓練を受けていないため分量、栄養面すべてで粗末であり、飲用に適さない井戸、汚水が浸透する井戸、冬には凍結する状態であった。劣悪な環境であるから医療・保健体制が不備なため、伝染病や結核で多数の移民が亡くなっている。
江戸時代には無かったこと、天皇制国家、日清戦争、日露戦争、日中戦争、アジア侵略、第二次世界大戦これら全てが薩長テロ政府によって引き起こされた。その流れを継ぐ現政権は日本国民をだますことはできても被害者の国とその国民をだますことはできない。歴史とは過去に起きた事実である。敗戦後72年経過したが良識の無い連中(政権党、官僚、経団連これらは閨閥で結ばれている)によって教育勅語の復活、憲法の壊悪(権力を縛るためにあるもの→国民を縛るものに変えようとしている)等、21世紀日本はファシズム国家にまっしぐらに突き進んでいる。これでいいのか!!

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◆集客・営業・広告・販促・マーケに役立つビジネスコラム 2017年12月2週号

■集客・営業・広告・販促に役立つ心理マーケティング

『クリップの使い方』

あなたの手の届くところにクリップはありますか?「書類を留める」クリップです。
そして、お近くに同僚、ご友人、知人はいますか?

これから1分でできるだけ多くのクリップの使い方を考えてみてください。
お近くの方を誘って競争して考えてみてください。「書類を留める」という使い方以外でこのクリップは何に使えるか、その用途をたくさん考えてください。
では、スタート!

 ↓ 

さて、いくつ思いついたでしょうか?例えば次のような使い方があります。
「頭のかゆいところをかく、知恵の輪にする、爪のすきまの汚れをとる、鍵開けにする、紙に穴をあける、耳クソをとる、つなげてネックレスにする、キーホルダーにする、とばす、みぞを掘る、歯間ブラシにする、つまようじにする、たくさんつなげてチェーンにする・・・。」

きっと他にもたくさん思いついた人がいると思います。では、お近くの方とアイデアを共有してみましょう。自分と同じような使い方を考えている人もいるし、自分では想像もしなかった使い方を思いついている人もいることに気がつくはずです。

自分の頭だけで考えると20個しか思いつかなかったものが、他人の頭を使うとそのアイデアが30個にも40個にもなりますよね。これが他者のアイデアを借りるということ。自分の頭だけ、自分の業界だけで「何かいいアイデアがないかな?」と考えているのは、一人で考えているのと同じこと。自分以外の人、他の業界の人のアイデアを参考にするともっと発想が広がりますよね。

お近くにいる方でさえ、あなたとは随分違った発想をしていることが分かったと思います。これが仕事の場合なら他業界の人に聞くと「そうか!そんな視点やアイデアもあったのか!」と気がつくことがとても多いものです。自分の頭で考えることも大切ですが、時には自分以外の人の知恵も拝借しましょう。


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◆集客・営業・広告・販促・マーケに役立つビジネスコラム 2017年12月3週号

■集客・営業・広告・販促に役立つ心理マーケティング

『トップ営業マンの教え』

あるセミナーを受講した時のこと。とてもニコニコした男性がいました。
その方はMさん。都内でコンサルタント会社を経営している社長です。

Mさんは20代後半の頃は住宅販売の営業マンだったそうです。
そして、営業成績はいつもダントツのナンバーワン。
私が「Mさんはどうしてナンバーワンになれたのですか?」と質問したら、
次のようなことを教えてくれました。

「相手の自慢したい、ほめてもらいたいところを見つけて、それについて話す。
そして相手の話をよく聞くんだよ。」

私は「へ~っ!」と思うとともに、「なぜ、そんな簡単なことが他の営業マンはできないのだろう?」と
思ったので、Mさんにさらに質問をしました。

「Mさんが管理職になったときには部下の人にも、そういったアドバイスをしたでしょ?
なぜ他の営業マンはMさんと同じようなことができないのでしょうか?」

するとMさんはこう言いました。
「僕が教えても実際にやる人はいないんだよねえ。」

ニコニコして相手の自慢したい、ほめてもらいたいことをよく聞くなんてとても簡単なことです。
でも、不思議なことだけれどそれを実行する人が少ないのだと、Mさんは教えてくれました。
秘法を探す人、スキルを探す人は多いのですが、簡単なことを実行できない人がとても多いのだと気づかされました。本質はシンプルですね。

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◆集客・営業・広告・販促・マーケに役立つビジネスコラム 2017年12月4週号

■集客・営業・広告・販促に役立つ心理マーケティング

反応の良いキャッチコピーを書くためのコツはお手本となるコピーをマネして、自社に応用することです。今回は雑誌、新聞、サイトや書籍タイトル等で見つけたお手本となるキャッチコピーを紹介させて頂きますので、あなたの会社やお店でのコピー作りの参考として下さい。

『○○の反応率をあげる5つの要素』

「チラシを作成するなら当社へ」
と書かれたチラシのキャッチコピーと
「チラシの反応率を上げる5つの方法」
と書かれたチラシのコピーではどちらが興味を引くでしょう?

「営業マン研修のことなら当社へ」
と書かれた資料のタイトルと
「営業マンの契約率を高める5つの要素」
と書かれた資料のタイトルではどちらが興味を引くでしょう?

「飲食店の経営指導なら当社へ」
と書かれたサイトのキャッチコピーと
「飲食店の客数を増やす5つの要素」
と書かれたサイトのコピーではどちらが興味を引くでしょう?

印刷や制作の仕事を受注するのであっても、営業マン研修を請け負うのであっても
コンサルティングを行うのであっても広告ではまずターゲットの目を引き付け、
興味を喚起することが必要です。
自社がいかに上手くチラシを制作することができるのか、自社がいかに質の高い研修ができるのか、
自社がいかに経営指導で実績があるのかを説明するのはその後の作業になります。 まずはキャッチコピーで注意を引くべし。