2022 年1 月号vol .17

権力者の横暴を防ぐ憲法が危ない
『自民党が壊憲して創設しようとする緊急事態条項』
憲法に緊急事態条項ができたら
『憲法に緊急事態条項は必要か』より引用

国家緊急権とは平時の統治機構では対処できない非常事態において、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとることを言う。
「人権の保障」と「権力分立」を一時停止する制度です。要するに「政府への権力の過度の集中」と「人権の強度の制約」となる。
近代憲法の基本的な考え方
⑴基本的人権とは
人が人であることによって当然に有する権利で、「固有性」と言う言い方をします。
人権は原則として公権力、行政・立法・司法によって侵害されない「不可侵性」を持っている。人間であることに基づいて当然に享有できる「普遍性」がある。
⑵人権の種類
国家から侵害されない権利、自由権という言い方をします。生命・自由・幸福追求の権利があります。
精神的自由権、表現の自由・集会・結社の自由が憲法 21 条で保証されています。
表現の自由の中には知る権利が含まれています。民主主義の社会では主権者である国民が 国政の選挙とか、世論の形成など、主権者としての権限を行使するために必要な情報を知ることができるための権利がある、これが知る権利です。
その他、信教の自由、学問の自由があり、財産権、職業選択の自由などがあります。
国家に施策を求める権利。これを社会権と言います。経済的な格差を是正するための権利。生存権や教育を受ける権利、労働基本権が保証されています。
人権は無制限の権利だと、他の人権と衝突が起き、調整が必要になる。これを「公共の福祉」による制約と言います。「公共の福祉」とは「他人の人権」を意味します。
⑶国家の目的
基本的人権を確実なものにするため、社会契約を結んで政府に権力の行使を委任した。 政府が権力を恣意的に行使して人民の権利を不当に制限する場合、人民は政府に抵抗する権利を有する(抵抗権)。
抵抗権とは選挙権とか、世論を形成するとか、デモ行進をするとか、合法的な権利を指し ます。
⑷権力分立
国家権力を立法、行政、司法にわざわざ分けて、相互に牽制する制度。
理由は三つあります。1 番目は権力の濫用から国民の自由を守る。2 番目は国民を国家権力の濫用から救う。3 番目は懐疑性です。人はいつも権力を獲得したがり、権力を握ればそれを濫用する傾向がある。
⑸立憲主義
近代憲法は「立憲主義」と言って、基本的人権と権力分立のため、憲法で国家権力を拘束して国民の権利、自由を守るという考え方で作られています。

ナチス・ドイツとワイマール憲法
ワイマール憲法は第一次世界大戦に敗れたドイツが 1919 年に制定した憲法です。この憲法は当時最も民主的な憲法だと言われ、大統領は直接公選制で、20 歳以上の男女に普通選挙権を認めていました。民主的な国の憲法で、なぜナチスが独裁権を取得できたのかという とワイマール憲法 48 条に強力な国家緊急権の規定があったからです。
公共の安全、秩序に重大な障害が生じる恐れがある時は、人身の自由、意見表明の自由等 7 カ条の基本権の全部または一部を一時的に停止できるという権限を大統領に与えていた。
ナチスはこれを利用した。1932 年 7 月にナチスは議会で第 1 党となり、1933 年 1 月にヒトラーは首相に就任しました。2 月 27 日に国会議事堂が何者かによって放火されました。ナチスはこれを共産党の犯行であると断定しました。ナチスは国家緊急権である大統領緊急令によって言論・報道・集会・結社の自由、通信の秘密を制限」して、令状によらない逮捕拘束を可能にした。
このために多数の共産党員、社会民主党員が逮捕拘束されてドイツ共産党は西ヨーロッパで一番大きな共産党だったが、事実上一瞬にしてなくなってしまった。
3 月の選挙結果は共産党は 81 議席を取ったが身柄を拘束され登院できない状態でした。
3 月 23 日に国会で「全権委任法」が強行採決した。
全権委任法は国会の立法権を全部政府に委ねてしまう法律です。国会が法律を作らなくても政府がこの法律を作りたいと思ったら、そのまま作れることになり、独裁が確立しました。

大日本帝国憲法
①緊急勅令
公共の安全保持、災厄を避けるため緊急の必要があって、かつ議会が閉会の場合、法律に かわる勅令を政府が天皇の名で発することができた。勅令は、次の会期に議会の承認がないときは将来に向かって効力を失うとなっています。この緊急勅令が平常時にも「緊急時」 として絶え間なく使われて、平常時の緊急時化という形になって使われた。
②緊急財政処分
公共の安全を保持するために緊急の需要があるときで、議会を召集できないとき、予算の決議等の財政処分ができました。財政処分は本来議会の決議が必要ですが、政府が単独で処分できてしまう。次の会期に国会の承認を要するが、承認がないときでも財政処分の 効力に影響はない。つまり、議会が否決しても政府の処分は有効であるということ。
③戒厳
「天皇は戒厳を宣告す」とあります。戒厳とは、国の統治作用のかなりの部分が軍事官憲に移ることです。行政権、司法権、立法権が軍の司令官に帰属してしまうこと。
④非常大権
戒厳を超える国の最後の非常手段です。端的に言うと、何でもできるという制度です。歯止めがありません。

濫用に関して、緊急勅令について言うと、治安維持法があります。最初は共産主義者を 取締る法律でしたが、適用が広がっていき、自由主義者も取り締まれるようになった。1928 年に治安維持法の重罰化改正法案で最高刑を死刑にするという改正案が議会に提出されたが、審議未了で議会で廃案となったが、緊急勅令で法案通り改正されてしまった。

戒厳は要件、効果は法律で定めるとされていた。法律は戒厳令という法令があって、戦争もしくは事変があるときを要件とした。脱法的に拡大されて、地震などの自然災害についても適用されるようになりました。
関東大震災のとき戒厳が実施され、司令官は治安目的で、軍隊に武器の使用を命じ、また軍に一般市民が組織した自警団への指示権を付与しました。この権限は現場で濫用され 軍隊が多数の朝鮮人を殺害した。さらに自警団が軍の補助機関として軍事体制の末端に組み込まれ多数の朝鮮人を殺害しました。
災害でパニックが起きて殺害が起きたと言われるが、これは全くウソの言い訳です。 真実は、災害なのに戒厳が実施され、軍隊によって現場で権力が濫用され、一般市民がこの補助機関に組み込まれたことが原因です。

沖縄戦
日本は国家緊急権の濫用で中国への侵略戦争を行い、太平洋戦争という究極の「緊急事態」を招くことになりました。国家緊急権の濫用がどのような事態になるかは明らかです。 沖縄戦では日本は国体存続のために沖縄を捨て石にしました。沖縄の司令官に持久戦を命じ司令官は住民を全く守らずに軍隊を温存させました。
住民は何の防備もない丸腰の状態で戦場に放り出されました。逃げ惑う最中に砲弾などの攻撃を受けたのです。また、軍隊を温存するため、住民は兵役法、陸軍防衛召集規則等によって、少年から老人まで防衛召集され、訓練もなく、武器もない状態で、軍隊より危険な戦闘に従事させられました。その結果、沖縄の住人の四人に一人になる 21 万人が死亡しました。

日本国憲法の考え方
日本国憲法は明治憲法等の反省から、あえて国家緊急権は設けませんでした。災害に備えて、二つの制度を設けました。
⑴参議院の緊急集会
衆議院が解散されたとき、国の緊急の必要があるとき、内閣は参議院の緊急集会を求める ことができるとなっている。内閣は参議院の緊急集会を求めたら、緊急集会が国会の代わりをします。そして、暫定的に法律や予算を決議して、とられた措置は次の国会開会の後 10 日以内に衆議院の同意を得ないときは効力を失うという制度です。
参議院の緊急集会も請求できない時はどうするか、これが法律による政令への罰則委任 です。この場合、法律が制定できないので、内閣が政令を制定して対処することになる。政令に実効性を持たせるためには罰則も設ける必要がある、無制限に認めると内閣による権力の濫用の危険があります。そこで、政令には、特に法律の委任がある場合は罰則を 設けることができるという制度が設けられました(憲法 73 条)。
国会が制定した法律で厳格な要件のもとに、内閣は緊急時に罰則付きの政令を制定できることになった。
これを受けて、災害対策基本法の定める厳格な要件の下で、緊急時に、内閣は四つの事項について、一時的な立法権が認められることになった(災害対策基本法 109 条)。

なぜ国家緊急権を設けていないのか
憲法が国家緊急権を設けていないことが第 13 回帝国憲法改正委員会の議事録に明確に述べられています(1946 年 7 月 15 日、金森 徳次郎国務大臣答弁)。
金森国務大臣
「民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護いたします為には、さような場合の政府一存において行いまする処置は、極力これを防止しなければならぬのであります言葉を非常ということにかりて、その大いなる途を残しておきますなら、どんなに精緻なる憲法を定めましても、口実をそこに入れて破壊せらるるおそれ絶無とは断言しがたいと思います、 従ってこの憲法はさようなる非常なる特例をもって̶いわば行政権の自由判断の余地をできるだけ少なくするように考えたわけであります。従って特殊の必要が起こりますれば、臨時議会を召集してこれに応ずる処置をする、又衆議院が解散後であって処置のできない時は 参議院の緊急集会を促して暫定の処置をする、同時に他の一面において、実際の特殊な場合に応ずる具体的な必要な規定は、平素から濫用のおそれなき姿において準備するように規定を完備しておくことが適当であろうと思うわけであります」
つまり、四つの理由があります。
第一は民主主義です。民主政治を徹底させて国民の権利を充分擁護するためには、非常事態に政府の一存で行う措置は極力防止しなければならない。
第二は立憲主義です。「非常」という言葉を口実に政府の自由判断を大幅に残しておくとどのような精緻な憲法でも破壊される可能性がある。
第三は憲法の制度です。特殊の必要があれば、臨時国会を召集し、衆議院が解散中であれば参議院の緊急集会を召集して対処できる。
第四は法律などによる準備です。特殊な事態には、平常時から法令等の制定によって濫用 されない形で完備しておくことができる。これは先ほどの法律による政令への罰則委任の制定も含みます。
つまり、濫用の危険があるから国家緊急権は憲法には規定しません。ただし、非常事態への対処の必要性から、平常時から厳重な要件で法律を整備しておきましょう、というのが日本の憲法の態度です
。 国家緊急権についての憲法の趣旨について、こんなにはっきりと言っていますが、よく知られていません。書籍にもあまり書かれていません。

2013 年 3 月 24 日の参議院予算委員会で民主党の小西洋之議員と安倍首相のやりとり。小西議員 安倍総理、芦部信喜という憲法学者をご存知ですか?
安倍首相 私は存じあげておりません。
小西議員 では高橋和之さん。あるいは佐藤幸治さんという憲法学者はご存知ですか? 安倍首相 まあ申し上げます。私はあまり憲法学の権威ではございませんので、学生であった事もございませんので存じあげておりません。
小西議員 憲法学を勉強されない方が憲法改正を唱えるというのは私には信じられない事なんですけれども。今、私が挙げた 3 人は憲法を学ぶ学生だったら誰でも知ってる日本の戦後の憲法の通説的な学者です。
「公共の福祉」という言葉を「人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」であると提唱したのは、芦部氏の師匠である宮沢俊義氏ですし、それを「一元的内在制約説」と名付けたのは当の芦部氏です。「公共の福祉」という概念について勉強したり、ましてやその言葉を大胆にも「公益及び公の秩序」と書き換えようと企てるならば、絶対に 避けては通れない、どうしても出くわしてしまう名前です。
憲法を壊すことを政治家としてのライフワークとしているはずの安倍首相が、芦部氏の存在を知らなかった。
小西議員とのやりとりは、そういう責任ある立場の安倍首相が、憲法学の基本を勉強せずに壊憲論を振りかざし、一連の悪辣な書き換えを企てていることを白日の下に晒しました。
マスコミが首相としての資質を問う声を挙げなければいけないのに、全く騒ぎませんでした。公益及び公の秩序:国や社会の利益や秩序が個人の人権よりも大切だということ。 憲法は国家権力が好き勝手させないようにするためのものである。自民党案では国民を縛っている。本末転倒もはなはなだしい。憲法とは「個人の権利・自由を確保するために国家 権力を制限するものである。